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大リーグで主流のバッティングフォームの歴史、概略

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大リーグで主流のバッティングフォームの歴史、概略

ベーブ・ルースの出現によって、バッティングスタイルは大きく変わりました。1919年ベーブ・ルースがピッチャーからバッター専門になったこと、および1920年のインディアンスのレイ・チャップマン選手へのヤンキースのアンダー・ハンド投手カール・メイズによる死球死亡事故(大リーグ史上唯一の死亡事故)によるルール改正(スピットボールの禁止、以前は試合中交換をほとんどしなかったボールを何度も新しく交換、等)、バッティングは打者優位になり、バッティングスタイルはホームランを狙うスウィングに変わりました。

大リーグの歴史上の区分

デッドボール時代(1900年頃から1919年)

デッドボール時代を代表する選手はタイ・カッブ

タイ・カッブは大リーグ史上、通算最高打率0.366を残し、打率4割を3度達成。

ライブボール時代(1920年以降、ただし1920年はシーズン途中から)

大リーグ史上最大のヒーロー、ベーブ・ルースはデッドボール時代の選手と何が違っていたのか

アッパー・スウィングと、股関節を有効に使った骨盤の急速な回転による打法の導入。ベーブ・ルースが回転による打法をできるようになった要因は2つあると私は推察しています。

要因①

シューレス・ジョー・ジャクソンのバッティングフォームを手本にした

要因②

ベーブ・ルースは二刀流の元祖で、優秀なピッチャーであり、ここが一番大事な点ですが、サイドハンドに近い投げ方をしており、サイドハンドは体の使い方(特に股関節)がバッティングに似ている

シューレス・ジョー・ジャクソンとベーブ・ルースのバッティング