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怪我に強い野球選手(野手編)

time 2017/11/21

怪我に強い野球選手のニックネーム

日本で言えば、鉄人(iron man)。

野手の有名な鉄人3名

①衣笠祥雄

鉄人といえば、元広島カープの衣笠祥雄選手。1987年にメジャーリーグのルー・ゲーリッグが保持する2130試合連続出場世界記録を更新。引退までに2215試合連続出場を果たしました。衣笠祥雄選手の通算成績は、2543安打、504本塁打、打率.270です。

②カル・リプケン・ジュニア(Calvin Edwin Ripken Jr)

衣笠選手の記録を破ったのは、大リーグ、ボルチモア・オリオールズの遊撃手カル・リプケン・ジュニア。

ニックネームは(iron man)です。

歴代1位の2,632試合連続出場という金字塔を打ち立てたてました。カル・リプケンは通算3,184安打、431本塁打、打率.276と打力にも優れていました。

③ルー・ゲーリッグ(Henry Louis "Lou" Gehrig)

ゲーリッグのニックネームは(iron horse)、直訳すれば鉄の馬ということです。iron horseを辞書で調べると、古くは蒸気機関車、俗語で戦車です。

よく働く人をworkhorseと言います。直訳すると馬車馬で、ここから(iron horse)となったのでしょう。

元祖鉄人とも呼べるルー・ゲーリッグ。1941年、 37歳という若さで、病気のため亡くなりました。今では、ゲーリッグの患った病気、筋萎縮性側索硬化症(ALS)はルー・ゲーリッグ病とも言われ有名です。神経の電気信号が伝わらなくなり、全身の筋肉が痩せてゆく病気で、最後は立つことも出来なくなります。運動をしないと筋肉は痩せてゆくということともかかわっています。ゲーリッグの通算成績は、17年間で、2721安打、493本塁打、打率.340。ベーブルースとともに、日米親善野球のオールスターチームの代表として来日した1934年には三冠王にも輝いています。ゲーリッグは1931年にも同じく日米親善野球で来日しています。ゲーリッグはベーブルースの陰に隠れて、連続試合だけが多くの人の記憶に残っているようですが、打撃もベーブルースに匹敵するほどの凄い成績を残しています。

1941年といえば、うれしくも悲しくもあった年です。ジョー・ディマジオ(Joseph Paul DiMaggio)が56打席連続安打、テッド・ウィリアムス(Ted Williams)が.406と打率4割を達成しました(最後の4割打者)。この2つの記録は今後、破られることはなさそうです。悲しいといえば、上にあげたゲーリッグの死と、この年の終わりに日本が真珠湾攻撃をして、日米開戦を迎えて、野球が中断(縮小)したことでしょう。

大リーグで鉄人という(iron man)というニックネームが付いた最初の選手は?

ジョセフ・ジェローム・"ジョー"・マクギニティという1900年代初めに活躍した投手です。大リーグ実働12年で5度の最多勝利を獲得し、マイナーリーグを含むと485勝を挙げました。

 

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